悲惨な運命

巡礼一日目3カ所目

千葉県某市:里親の家

10歳の時に里親に引き取られ千葉へ
海沿いの特にな~んにも無い田舎町。

わたしを引き取ってくれたのは
比較的裕福な家の初老の夫婦。

その後色々複雑になるからあえてこんな表現

引き取る子を厳密には選べないらしいけど
わたしが養子になったこと喜んでくれてた。

わたしも引き取って貰えて本当に嬉しかった
施設内での生活は劣悪を極めていたから。

施設では上級生の苛めは当たり前だったし
食べ物やモノだって平気で盗られる。

当時はまるでそんな概念はなかったけど
プライベートなんてものは皆無だったし

かならず同じ空間に誰かがいたし
必ず何かしらの争いがあった。

夏場なのにシャワーにも浴びれなかったり
いろいろな不都合に気づいたのは

施設を出てからのことだった。

今でも鮮明に覚えてるショックな事がある
優しくしてくれてた中学生のお姉さんが

施設内で男に乱暴されてる現場を目撃した
乱暴っていうのはつまりレイプだ。






わたしは実際に目撃して職員に助けを求めた
でもみんな見て見ぬフリしてるだけだった。

他にもレイプの被害はたくさんあったし
職員がやってるケースさえもあった。

今思えば完全に異常だし考えられないこと
でも当時はそういうものだという空気だった

ああいう閉鎖的な空間では何が起きても
公にならない、してはならない空気だった、

映画とかドラマの話に思えるかもだけど
わたしの施設は本当にそういう世界だった。

それから数年後の話になるけど
わたしが多感な年ごろにテレビドラマで

『聖者の行進』っていうのがやってた。

擁護施設の知的障害のある子達の話で
わたしの環境とはちょっと違ったけど

同じ施設がテーマとなった話だったから
見ててものすごく胸糞悪かった。

でも皆が注目してたドラマだったから
放送の次の日は必ずその話が出たりして

「現実はもっと最悪なんだよ」と思ってた。

ちょっと話がそれてしまったけど
施設で過ごした時期は本当に劣悪だった。

それが突然そこそこ裕福な家に引き取られ
そこそこの贅沢も出来て幸せを感じていた。

でも、その後に待ち受けていたのは
わたしにとって過酷な運命だった。

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